« 「かかみの朗読会」~お疲れ様でした | トップページ | 「みのかも声のドラマの会」朗読フェスティバル »

2008年11月 2日 (日)

感情を表現するということ~自然な読みって?

「気持ちをこめて」読む、ってよく耳にしますよね。

小学校の先生が言われます。気持ちを込めて読みましょうって。

気持ちをこめた読みは、ある聞き手には心を動かすこともあり・・・これはこれでよいのでしょう・・・ある聞き手には押しつけがましく聞こえたり。聞いていて、引いてしまう ということがあります。

気持ちのこもった あるいは 感情をいかにも出す といった 表現の仕方は、小学生の音読(ごめんなさい、小学生の皆さん)か、学芸会のお芝居のようになってしまうのでは、と思います。

ネットに配信されている朗読は・・・そんなに聞いていないですけど・・・私が聞いたことのある中では、比較的音訳に近いというか、さらっと読まれているものが多いかな。

朗読三昧は、気持ち出てしまってますよね。

気持ち、出してはいますが、怒りとか喜びといった感情を表現するとき、気持はどちらかというと冷めているんですよね。う~ん、何のこっちゃ??

決して自分の感情を出して、読んでいるんじゃないとおもっています。

ただ、どう読んだら、怒っているように聞こえるか、喜んでいるように聞こえるか、これは人物の男女・老若・身分・立場・職業・・・などによって当然表現が違ってきますが、

語尾を上げるか、下げるか、強く大きく出すか、息声にするか、表現の形態はいろいろです。

内にあるというか、文に書かれている気持ちを、表現する ことを、目指したいです。

セリフのみでなく、地の文においても。単なる情景描写などの地の文はきれいに読むのもよいかと思いますが、

登場人物の心情を語るとか、登場人物の目線で語る ときなどは、その人物の思いを語る、または、情景を見ていく というか、登場人物の動きを追う?というより、その人物が動かせるようになったら、いいかも!

喜びを表現するとき、心が喜んでなくても、顔をほころばせてにっこりして、言葉にすると、やはり喜んでいるように聞こえます。もちろん心が怒りでいっぱいではこれはむりですが。

痛みを表現するとき、それが心の痛みでも肉体の痛みでも、身体のどこかに力を入れて、言葉を発すると、緊張をともなった言い方になります。

伝えたいことがとっても微妙で、誤解を招きそうですが・・・

物事を言葉で表現するっていう作業は、やはり面白いなと思います。

書いてあるものを、音声で表現するのも、なぞるだけでなく作っていくものでしょう。

ただ読むのではなくて、想像性と創造性を併せ持った作業です。

小学生の音読、一生懸命読んでいる姿はほほえましいものですが、読むことが、もっと自然に話す読みに近づいていくといいかなあ。

「自然に聞こえる」読みというのは、読み手にとっては「不自然さ」を伴うようですが、

どいうことかというと、朗々と気持ちよく読み手の感情で読まれるのは、読み手にとっては気持ちよく自然でしょう。でも、聞き手にとって、自然な話し言葉に近い読み方は、読み手にとっては、少々意識しないと、できないからです。読み手には不自然な感じがします。

と、自分でも意識して気をつけるのですが、録音した後聞く私の読みは、

文頭が不自然にピッチが低いところから出ていたり(本人は自然に読んでいます)、助詞がのびていたり(これまた、本人は自然に読んでいて伸びるのです)、うねっていたり(これも、本人は自然なのです)・・・しています。

これらの不自然な読みを矯正するには、自分にとって不自然な読みをする必要があります。

今まで朗読講座で教えていただいたり、自分で読んでいて思うことです。

えーと、いろんなご意見等ございますでしょうね。よろしかったらお聞かせください。

でも、あまり突っ込まないでくださいまし (。_。*)))

|

« 「かかみの朗読会」~お疲れ様でした | トップページ | 「みのかも声のドラマの会」朗読フェスティバル »

朗読あれこれ」カテゴリの記事

コメント

teabreak さん
お久しぶりです。ブログは拝見してます。
いつも難しい事に取り組まれていて、感心するばかりです。その中に私のつぶやきなど恥ずかしいですが、どうぞ。
このところ、忙しくしていまして、コメントにお返事するのが精一杯です。
もう2週間ほどしましたら、朗読三昧もアップできるかと思います。
「個性的」と言われるのはうれしいですが、・・・正直自分が個性的だとは思ったことがナク、かなり普通で、ある意味器用貧乏なだけだと自負(?)しています。けど・・・
明日はリハーサル、23日本番の、朗読に備えます。「みのかも声のドラマの会 朗読フェスティバル」です。テンション上げていきます!
おやすみなさい。

投稿: voicedrop | 2008年11月15日 (土) 23時22分

こんにちわ。お邪魔します。こちらにお寄りしたら、voicedropさんと佐紀さんという個性派のお二人がやりとりされているのを発見し、おもわず愉快になりました♪
 お二人ともとっても印象に残る朗読で、個性派でありながら、声がすっと気持ちに入ってきます。貴重な朗読の担い手であられると思っています。

 ところで、今日の私のブログ記事で、成り行き上、voicedropさんの「音訳と朗読」の記事から引用させていただいております。ご了解ください。
http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt/46610178.html

 読み方については、人によって考え方が違うでしょうが、「朗読も、なんだかんだと言っても、最終的には、読み手の個性と聞き手の好みに行き着くものと思います。」というvoicedropさんのお考えに全面的に賛成です。それぞれの方が自然と思う個性ある読みによる朗読作品が、多彩な選択肢として存在するのが望ましいと思っています。
 また引き続きのご活躍を期待しております。


投稿: teabreak | 2008年11月15日 (土) 17時17分

すみません。
コメントは、私のほうで確認して公開するまで載らないように設定してありますので、書き込まれてから表示されるまで時間差ができてしまうと思います。

はい、こちらこそどうぞよろしくお願いします。
朗読を通してお友達ができるのはとてもうれしいです。

投稿: voicedrop | 2008年11月14日 (金) 21時46分

こんにちわ (o^-^o)

先日、こちらへ書き込みさせていただこうとしたら、書けなくて、二回試みてあきらめて
今日見てみたら、ちゃんと書けていて、びっくりしました。

もしかして、同じ書き込みが二つあったらごめんなさい。

 voicedropさん、私の朗読をお聞きくださってたのですね。
とても光栄です。

 voicedropさんの朗読は、とても個性があるし、台詞もお上手ですね。
最近では、「猿の手」がとくに印象的でした。

では、これを機会に、いろいろ意見など交わしたり、お友達になっていただけたら幸いです

投稿: 佐紀 | 2008年11月14日 (金) 05時31分

佐紀さん
コメントありがとうございます。
全くおっしゃる通りだと思います。
佐紀さんの個性的なまた縦横無尽な朗読は聴いていてとても楽しく、いろいろな試みには触発されます。
朗読も、なんだかんだと言っても、最終的には、読み手の個性と聞き手の好みに行き着くものと思います。
佐紀さんの読みが矯正されてしまうのはもったいないような・・・?気がします。

投稿: voicedrop | 2008年11月11日 (火) 21時16分

はじめまして。いつも、朗読のほう、聞かせていただいています。

「自然な読みって・・」わたしにもとても関心のある話題です。

自分にとって自然な読みが、聞く側には必ずしも自然でないということは、まったくそのとおりだと思います。

練習によって矯正していく必要がありますね。
そして、その読み方が自分にとっても自然になるということが、大事なことだと思います。

感情が朗読に表れるのは、いいことだと思います。ただ、そのあらわし方が不自然にならないようにしないといけないですね。

なるべく心のままに、でも冷めた自分が少し制御する・・て感じでいかがでしょうか。

投稿: 佐紀 | 2008年11月11日 (火) 20時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/304347/24862239

この記事へのトラックバック一覧です: 感情を表現するということ~自然な読みって?:

« 「かかみの朗読会」~お疲れ様でした | トップページ | 「みのかも声のドラマの会」朗読フェスティバル »